大威徳陀羅尼経 巻第八(法隆寺一切経)

機関管理番号
1088-0
分類
書跡
作品名かな
だいいとくだらにきょう かんだい8(ほうりゅうじいっさいきょう)
員数
1巻
作者
林幸書写
時代世紀
平安時代・永久3(1115)
品質形状
紙本 楮紙 墨書 巻子 墨界(巾1.75㎝) (軸)黒漆切軸(後補)
法量
縦26.2 長732.6
銘文等
黒文方印「法隆寺一切経」、巻末墨書「永久三年【乙/未】十月二日書寫了 筆師僧林幸/施主市行外人丸并女愛子等爲所求圓満也」
所蔵者
奈良国立博物館
 薄手の楮紙(ちょし)を十四紙継ぎ、淡墨で界高二〇・七、界幅約一・七センチメートルの界線を引いて経文を墨書したもの。一紙あたり三十一行を書写する。巻頭と巻末、それに紙継目(つぎめ)の紙背(しはい)(四箇所)に「法隆寺一切経」の墨印が捺されるころから、本品が法隆寺に伝来した一切経の一巻であったことがわかる。法隆寺では、承徳(じょうとく)年間(一〇九七~九九)に『大般若経』の書写がおこなわれ、これを契機に一切経の書写が進められた。永久(えいきゅう)二年(一一一四)から元永(げんえい)元年(一一一八)には、僧勝賢(しょうけん)を勧進聖人(かんじんしょうにん)として書写がおこなわれ、二千七百巻までを完成させる。次いで保安(ほうあん)三年(一一二二)から大治(だいじ)六年(一一三一)には、僧林幸(りんこう)が勧進となって書写事業を推し進めた。最終的に完成した経典の総巻数はわからないが、途中段階では総数七千百巻が目指されていたらしく、大きく分けて三時期にわたった書写事業は、相当な規模のものであったことが知られる。現存するのは法隆寺に残る約一千巻と、巷間(こうかん)に出ている四百巻ほど(断簡を含む)となっている。さて本品の巻末には、永久三年(一一一五)に僧林幸が筆を執ってこれを書写したとの奥書がある。永久三年は時期としては勝賢が勧進を務めていた第二期だが、すでに第三期に中心となる林幸が、この頃から事業に参画していたことがこの奥書からわかる。

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